AIに自社のことを尋ねるとき、多くの人は、いつもの言語で質問します。では、同じ会社について、質問の言語を変えるだけで、AIの答えは変わるのでしょうか。
この疑問を、12の言語と3つのAIサービス、35,640件の回答で測ったのが、2026年6月にarXivで公開された論文「The Language Blind Spot」です。この記事は、その論文を原文から読み、何が測られ、何が言えるのかを整理します。
合同会社謙虚は、3つのドメインを並行して運用し、何を変えると数字が動くかを測り続けています。この論文を読む理由は、「質問の言語」という、見落としやすい変数が測定結果をどれだけ動かすのかを、数字で確かめておきたかったからです。
結論:3行で言うと
- 英語の質問を、そのブランドの本拠地の言語に変えると、地元の有力ブランドでは、名前が挙がる回答の割合が平均0.80(80ポイント)増え、世界的な企業では0.15(15ポイント)の増加でした。ブランドごとの割合の差であり、倍率ではありません
- 変わったのは「どう語られるか」より「そもそも名前が挙がるか」でした。論文は、英語だけで調べると、地元ブランドの見え方を低く見積もると述べています
- 日本語は調査の対象外です。調べたのは欧州の12言語だけで、日本にそのまま当てはまるかは、この論文からは分かりません
この論文の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | The Language Blind Spot: How Query Language and Brand Recognition Tier Shape AI-Constructed Brand Reputation Across Twelve European Languages |
| 著者 | Dmitrij Zatuchin(1人。原文の姓はZに点が付く綴りで、この記事では点を省いて書きます) |
| 所属 | エストニアの大学(起業大学の情報技術学科)と、AIブランド分析ツールを開発する企業。論文の利益相反の欄に、後者の所属と、商用指標を使ったことが書かれています |
| 公開日 | 2026年6月22日(arXiv初版) |
| arXiv番号 | 2606.23165(分野は情報検索) |
| 掲載・採択状況 | arXivプレプリント。コメント欄は「17ページ、図3点、データと分析コードはZenodoで公開」とあるのみで、学会や査読誌への掲載を示す記載は見当たりませんでした |
| 種類 | 実測による調査研究。AIサービスに大量に質問し、回答を集計したもの |
| 実験データ・コードの公開先 | Zenodo(DOI:10.5281/zenodo.20794390、CC BY 4.0)。回答の全文、感情の点数、分析ノートブック、12言語の質問文が入っています |
論文はこちらで読めます。arXiv(2606.23165)、データセット(Zenodo)。
著者の所属企業の商用指標は、この論文では補助的に使われています。この記事の数字は、論文が主役に置く「透明な指標」、つまり名前が挙がった割合と感情の点数から拾いました。
論文が「モデルに依存しない」と呼ぶ数え上げにあたるのは、名前が挙がった割合のほうです。感情の点数は、判定モデルによる自動採点です。
この論文が答えた問い
同じブランドについて、質問の言語だけを変えると、AIが語る内容と推薦するブランドは変わるのか。変わるなら、有名な企業と地元の企業で差はあるのか。
背景として、論文は2つの点を挙げています。1つは、AIの学習データが英語に偏っていて、北欧・バルト・中欧の言語はそれぞれ薄い部分しか占めていないことです。
もう1つは、AIの可視性を測る調査の多くが英語で行われていることです。英語の質問で代表的な姿が分かる、という前提が成り立つのかを、論文は確かめにいきました。
どうやって調べたのか
調査の設計
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ブランド | 66件。11の本拠地市場(リトアニア、ラトビア、エストニア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、ドイツ、ポーランド、チェコ、スロバキア)から各6件、13業種 |
| 知名度の区分 | 著者が手作業で分類。世界的・汎欧州・北欧バルト・国内の4区分。このうち北欧バルトと国内を「地元の有力ブランド」、世界的と汎欧州を「世界的ブランド」として比べました |
| 言語 | 12言語。英語、ドイツ語、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語、フィンランド語、エストニア語、リトアニア語、ラトビア語、ポーランド語、チェコ語、スロバキア語 |
| AIサービス | GPT-5.4、Gemini 3.1 Pro、Perplexity Sonar Pro。3つとも、ウェブ検索で根拠を集めてから答える設定(接地型)で、公式APIから質問 |
| 質問 | 15種類の型。ブランドの評判、情報源、競合との比較、地域の文脈、可視性・メディア露出の5分野。すべて各言語に訳し、逆翻訳で意味が同じか確認 |
| 回答数 | 15質問 × 3サービス × 12言語 × 66ブランド = 35,640件。2026年4〜5月に収集。エラーによる欠損は0件 |
設定は、温度0.1(答えのばらつきを抑える設定)で、「対象の言語で答えること」という指示を付けています。
3つの指標
| 指標 | 測り方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 推薦割合 | 「{市場}の主要な{業種}の会社は?」という買い手の質問への回答のうち、そのブランドの名前が挙がった回答の割合(0〜1) | 単純な数え上げ。論文が主な指標としたもの |
| 感情 | 多言語対応の感情判定モデルで、回答を-1〜+1に点数化 | 長く箇条書きの回答を実際より否定的に読む癖があると、論文自身が断っています。絶対値より、言語間の順序を見る指標 |
| 意味の近さ | 多言語の文章ベクトル化モデルで回答を数値に直し、言語間の類似度(コサイン類似度)を計算 | 翻訳せずに言語をまたいで比べられる |
推薦割合を測る質問は、15種類のうち「地域の文脈」と「可視性・メディア露出」の分野の、買い手の意図がある質問です。ブランドごと・言語ごとに集計しています。
結果
いちばん大きかった差:名前が挙がるかどうか
論文は、各ブランドの本拠地の言語での回答を、英語での回答と比べました。比べたのは、英語を本拠地に持たない65件のブランドです(66件のうち65件になる理由は、原文に書かれていません)。
| グループ | 件数 | 推薦割合の変化(本拠地の言語 – 英語) | 感情の変化(0〜100に換算) |
|---|---|---|---|
| 地元の有力ブランド | 24件 | +0.80 | +6.2点 |
| 世界的・汎欧州のブランド | 41件 | +0.15 | +9.7点 |
0.80と0.15は、推薦割合(0〜1)の引き算の結果です。まず、ブランドごとに、本拠地の言語の質問で名前が挙がった回答の割合から、英語の質問での割合を引きます。
その差を、地元の有力ブランド24件と世界的ブランド41件のそれぞれで平均した値です。論文は「平均」と書いていませんが、グループ間の差をt検定にかけているので、平均と読めます。
割合は、3つのAIサービスの回答をまとめて数えたものです。サービス別の値は、論文の本文には載っていません。
0.80は「80ポイント上がった」、0.15は「15ポイント上がった」という意味で、「何倍になった」という比ではありません。たとえば、英語では10回中1回しか名前が挙がらないブランドが、本拠地の言語では10回中9回挙がる、という動きが0.80にあたります(説明のための例で、論文の値ではありません)。
2つのグループの差は、統計的に有意でした(ウェルチのt検定、t = -8.84、p < 0.001)。符号がマイナスなのは、世界的ブランドの側から地元の側を引く向きで検定したためと考えられます(論文は引く向きを書いていません)。
2つの値を比べると、地元の有力ブランドの上がり幅は、世界的ブランドの約5.3倍です(0.80 ÷ 0.15 の概算)。ただし、これは私が計算した値で、論文には書かれていません。
論文は、この変化を次のように説明しています。
- 地元の有力ブランドは、英語で買い手が尋ねる質問ではほとんど名前が挙がらず、本拠地の言語ではほぼ毎回挙がる
- 世界的ブランドは、どちらの言語でも同じくらいの頻度で挙がる
- 感情の点数は、どちらのグループも少し上がっただけで、グループ間で逆転するような変化はなかった
論文はこの結果から、「質問の言語は、ブランドをどう描くかより、どのブランドを薦めるかを大きく動かす」とまとめています。
言語ごとの違い
回答の意味の近さと、感情の点数にも、言語ごとの違いがありました。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 言語間の意味の近さ | 196,020組の回答の組で平均0.825。同じ語族どうしは0.844、語族をまたぐと0.820(効果量d = 0.31、小〜中程度) |
| 感情が最も肯定的な言語 | エストニア語 +0.140、リトアニア語 +0.094、フィンランド語 +0.055 |
| 感情が最も否定的な言語 | 英語 -0.147、ドイツ語 -0.060、スウェーデン語 -0.047 |
| 語族ごとの平均 | ウラル系 +0.098、バルト系 +0.074、スラブ系 +0.033、ゲルマン系 -0.044 |
| 言語のまとまり | スラブ系の3言語と、バルト系の2言語にエストニア語を加えた組が、きれいにまとまった(コフェネティック相関0.915)。フィンランド語はゲルマン系の言語と同じ組になった |
感情の違いは、モデルの違いより言語の違いのほうが大きく説明できました(言語の効果量(イータ二乗)が0.077、モデルが0.023)。
資源の多い言語ほど肯定的、という予想とは逆の並びです。論文はこの理由を、確かめられないとしたうえで、報道の量の違いかもしれないと推測しています。
回答の安定性は、言語よりモデルで決まる
20ブランドの追加調査では、同じ質問を5回繰り返して、回答の安定性を測りました(1,435件の組合せ)。平均の安定度は0.935で、87.2%が0.90を超えていました。
この安定度のばらつきは、モデルの違いのほうが、言語の違いよりはるかに大きく説明できました(効果量のイータ二乗がモデル0.319、言語0.011)。モデル別では、Geminiが0.952、OpenAIが0.950、Perplexityが0.904でした。
論文自身が書いている限界
- 人間の評価との比較がない。AIの出力を測ったもので、各市場の人の実際の評判との一致は確かめていません
- 感情の点数が不正確。長く構造化された回答を実際より否定的に読むため、絶対値は慎重に読む必要があります
- 安定性は小さな調査。5回の繰り返しは20ブランドだけで、66ブランドへの一般化は仮定です
- 回答単位の集計。1つの回答に複数のブランドが並ぶと、情報源や感情が全部のブランドに付いてしまいます
- 知名度の区分が手作業。世界的と地元の線引きは著者の判断です。ただし差が大きいので、多少の分類ミスで結論は覆りにくい、と述べています
- 報道量を揃えていない。言語ごとの報道の量を条件に入れていないため、感情の違いについて、語族の効果と報道量の効果は分けられません
- 時期とバージョン。2026年4〜5月の特定のモデルでの値で、時間とともに変わりえます
原文を読んで気づいた点
- 日本語は対象外です。12言語はすべて欧州の言語で、日本語、中国語、韓国語などは含まれていません。日本市場の数字は、この論文からは得られません
- 査読の有無は確認できません。arXivのコメント欄には掲載先の記載がなく、プレプリントとして読むのが安全です
- 著者の所属企業は、AIブランド分析ツールの開発元です。論文は、設計や結論に影響はなかったと明記しています。主な指標は商用指標ではなく、誰でも数え直せる割合です
- 実験環境と実際の利用は違います。温度0.1と「その言語で答える」という指示を付けた、公式APIでの質問です。ふだんの利用者のチャット画面とは、設定が同じとは限りません
- 採点はすべて自動です。感情はモデルによる自動判定、推薦割合は名前が出たかの機械的な数え上げです。人が回答を読んで評価したという記述は、論文にありません
- 「名前が挙がる」ことと「選ばれる」ことは別です。推薦割合は回答に名前が出た割合で、読者がそのブランドを選んだ割合ではありません
- 英語を基準にした比較です。論文自身が、英語は中立の基準ではなく、ノイズのある基準だと書いています
- 66件が65件になる理由が不明です。地元と世界的のグループ分けは24件と41件で計65件ですが、除いた1件の理由は原文にありませんでした
この論文から、言えること・言えないこと
| 言えること(論文の範囲) | 言えないこと |
|---|---|
| 欧州の11市場のブランドでは、質問を本拠地の言語に変えると、地元の有力ブランドの推薦割合が大きく上がった | 日本語でも同じ差が出ること。日本語は調べていません |
| 名前が挙がるかどうかの差は、描かれ方の差より大きかった | 自社の対策をすれば推薦割合が上がること。対策の効果は測っていません |
| 英語だけの調査では、地元ブランドの見え方を低く見積もる可能性がある | 人の実際の評判との一致。人の評価は取っていません |
| 安定性は、言語よりモデルの違いで決まる(20ブランドの追加調査) | 66ブランド全体でも同じこと。論文自身が仮定だと書いています |
中小企業の視点で、どう受け取るか
ここからは論文の主張とは別の、私の読み取りです。日本は調べられていないので、「質問の言語で、推薦が変わりうる」という示唆にとどめて受け取ります。
1. 調べる言語を1つに決めつけない
論文が示したのは、地元のブランドを英語だけで測ると、見え方が低く出る、という欧州での結果でした。日本の事業者が日本語だけで測っているなら、本拠地の言語で測っていることになります。
論文の構図でいえば、高く出るほうの測り方です。
日本語で名前が挙がっても、英語で尋ねる海外の顧客には同じようには挙がらない可能性は、考えられます。ただし、これは論文の構図を日本に当てはめた私の推測です。
日本語と英語の組み合わせは、調べられていません。
海外の顧客がいる事業者なら、顧客が使う言語でも、AIに聞いてみる価値があります。
2. 「名前が出るか」と「どう書かれるか」を分けて見る
論文で大きく動いたのは、名前が挙がるかどうかでした。AIに聞いたとき、まず自社の名前が出るのか、出たうえでどう書かれているのかを、別々に記録すると、課題の場所が分かります。
3. 1回の結果で判断しない
回答の安定性は、サービスごとの差が大きいと論文は示しました。複数のAIサービスで、複数回、同じ質問をして、傾向を見るほうが安全です。
4. 結論を急がない
この論文は、効果の出し方ではなく、測り方の盲点を示したものです。自社の推薦割合を上げる方法は、ここからは分かりません。
まずは、自分の言語と相手の言語で、いまの姿を測るところからです。
よくある質問
The Language Blind Spot論文の「0.80」と「0.15」は、何の差ですか
英語の質問から本拠地の言語の質問に変えたときの、推薦割合(0〜1)の増え方です。ブランドごとの割合の差を、地元の有力ブランド24件で平均すると+0.80、世界的ブランド41件で平均すると+0.15でした。
割合の引き算であり、倍率ではありません。
The Language Blind Spot論文の結果は、日本語の質問にも当てはまりますか
当てはまるかどうかは、この論文からは分かりません。調べた言語は欧州の12言語で、日本語は含まれていないためです。
日本の読者は、「質問の言語で推薦が変わりうる」という示唆として受け取るのが適切です。
The Language Blind Spot論文は、査読を経た研究ですか
確認できませんでした。arXivのコメント欄には、ページ数と、データがZenodoにあるという記載だけで、掲載先の学会や雑誌は書かれていません。
まとめ:今日できる1つのこと
自社の業種と地域を入れた買い手の質問を、AIサービスに2つの言語で投げ、自社の名前が出るかを、言語ごとに記録してください。
名前が出るかどうかと、どう書かれているかを分けて見るだけで、ひとつの言語だけで調べたときには見えなかった差が、見つかるかもしれません。
この論文は、LLMO論文の一覧の一本です。ほかの論文の解説も、順次公開しています。
この記事に書いたことを、そのまま御社のページに
生成AIに引用されるページを、お話しいただくだけでお作りします。お時間をいただくのは初回15分のヒアリングだけです。まず1ページ、無料でお作りします。
OKが出るまで、何度でも直します。事実が違う、言い回しが硬い、この話は入れないでほしい。どれも遠慮なくおっしゃってください。何度お直ししても、追加の料金はいただきません。
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