「このあたりでおすすめのカフェは?」とAIに聞く人が増えています。答えるAIの側から見ると、これは数千軒の候補から数軒だけを選び出す作業です。
選ばれなかった店は、画面にすら現れません。2026年8月に公開された論文「Invisible to the Machine」は、この「選ばれなかった店」をはじめて正面から数えました。
バリ島の2つのエリアにある飲食店を1軒残らず登録簿にまとめ、その全体に対して4つのAIがどれだけの店を薦めているかを調べた研究です。
この記事は、原文(英語31ページ、本文・付録・限界の節を含む)を通読し、原文の表と本文にある数値だけを使って整理します。自分で計算した割合には「概算」と明記し、元になった数字も添えます。
合同会社謙虚は、3つのドメインを並行して運用し、何を変えると数字が動くかを測り続けています。この論文を読む理由は、ここで測られている「AIに薦められるかどうかを分ける要因」が、飲食店に限らず地域密着の中小企業全般に当てはまりそうな話だからです。
結論:3行で言うと
- 調査対象の飲食店4,776軒のうち、少なくとも85.6%は7日間・2,208回の会話で一度もAIに薦められませんでした。口コミ50件以上の「実績のある店」に絞っても72.6%です
- AIの回答に入るかどうかは、口コミ件数・自社サイトの有無・価格表示・第三者サイトでの言及量と関係がありました。一方で星評価は、入り口の段階では関係がありませんでした。星評価が効くのは、選ばれた店の中で何番目に紹介されるかを決める段階だけです
- 「もう閉店した店」を薦めてしまう誤りが93件見つかりました。実在しない店名をでっち上げた例は、1万2,000件を超える有効な言及のうち、1つの店名(10件)だけです
この調査は、飲食店向けの口コミ管理・AI可視化ツールを販売する企業が、費用を出して実施した研究です。この点は後の章で詳しく扱います。
この論文の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 題名(原題) | Invisible to the Machine: Auditing AI Restaurant, Café, and Bar Recommendation Against a Complete Market Census |
| 著者 | Vladimir Pitenin(1人。飲食店向けツールを販売する企業の研究部門に所属) |
| 公開日 | 2026年8月7日(初版) |
| arXiv番号 | 2608.07069(分野はcs.IR「情報検索」、cs.CY「計算機と社会の接点」を兼務) |
| 掲載/採択状況 | 学会や査読誌への掲載情報の記載なし。31ページ・図10点のarXivプレプリント |
| 種類 | 産業企業が資金を出し、自社で実施した一次調査研究 |
| 実験データ/コードの公開先 | 「手順・登録簿の作成方法・派生データを公開する」と本文に記載。具体的な公開URLは本文中になし |
論文はこちらで読めます。arXiv(2608.07069)。
この論文が答えた問い
AIに「このあたりでおすすめの飲食店は?」と聞いたとき、市場全体のうちどれだけの店が実際に薦められ、どんな店が選ばれやすいのか。
これまでの調査の多くは、有名なブランドや店を数百件だけ選んで「AIに何回出てきたか」を数える方式でした。この方式では、母数となる市場全体が分からないため、「一度も出てこなかった店」がどれだけあるかを言えません。
この論文は、母数そのもの(バリ島の2エリアにある飲食店の全数)を作り、そこに対する出現率を初めて計算しました。
どうやって調べたのか
市場の全数登録簿を作る
対象はバリ島のチャングーとウブド、隣接する2つのエリアです。理由は、徒歩圏で完結する狭さと、英語で会話する旅行者・リモートワーカーが多く、独立系の飲食店が密集していることです。
登録簿の作り方は、エリアを格子状に区切り、グーグルの位置情報API(Places API)で1マスずつ検索するというものです。
1回の検索結果が上限の20件に達したマスは、半径130メートルまで4分割を繰り返します。これをしないと、店が密集した中心部だけが数え落とされるためです。
この方式で760回の検索を行い、AIが名前を挙げたのに登録簿に無かった店を追加で調べる作業(約220件を確認)も加えて、最終的に4,776軒の登録簿ができました。
4つのAIに、96通りの質問をする
| AI | 確認したモデル | 1問あたりの繰り返し回数 |
|---|---|---|
| ChatGPT(OpenAI) | GPT-5.2 | 5回 |
| Claude(Anthropic) | Claude Sonnet 5 | 3回(検索回数を2回までに制限) |
| Gemini(Google) | Gemini 3.5 Flash | 5回 |
| Perplexity | sonar | 10回 |
質問は、8つの人物像(リモートワークのカフェ探し、デートの相手を探す、家族連れ、予算重視、ベジタリアンなど)×6通りの言い回し×2エリアで、96通りを事前に決めています。
「35歳で先月チャングーに着いた。1か月ほど滞在予定で、リモートワーク用にノートパソコンを使えるカフェを探している」といった、実際の旅行者が書きそうな一人称の文章です。
この96問を7日間かけて合計2,208回投げかけ、1万2,439件の有効な店名の言及を集めました。抽出結果は人手による二重チェックを受けており、店名の抽出は適合率97.6%・再現率99.1%、登録簿との照合精度はおよそ98〜99%と報告されています。
結果
市場の8割超が、一度も出てこない
| 分母 | 件数 | 一度もAIに薦められなかった割合 |
|---|---|---|
| 登録簿の全店舗 | 4,776軒 | 85.6% |
| 営業確認済みの店舗 | 4,431軒 | 85.8% |
| 口コミ50件以上の実績店 | 2,173軒 | 72.6% |
この数値は、登録簿に載っていない店(徒歩でしか見つからない小さな屋台など)を考えれば、実際にはもっと高くなる可能性があります。
論文は、最も広く見積もった条件では92%を超えると付け加えています。一方で、薦められた側の中身は一部への集中ではありません。
最も多く薦められた1軒でも、全推薦の1.9%を占めるにとどまり、上位25軒を合わせても28.5%です。入り口は極端に狭いのに、通った後の顔ぶれは幅広いという構造です。
入り口を決めるのは口コミの量、順位を決めるのは星評価
AIの回答に薦められる確率を、口コミ件数や星評価などの要因ごとに統計的に分析した結果が、次の表です。オッズ比(OR)は1より大きいほど「薦められやすくなる」効果、1に近いほど効果がないことを示します。
| 要因 | 入り口(薦められるか) | 順位(1番目に出るか) |
|---|---|---|
| 自社サイトがある | 1.92(有意) | 1.33 |
| 口コミ件数が多い | 1.64(有意) | 1.30 |
| 価格情報が載っている | 1.54(有意) | 1.32 |
| 第三者サイトでの言及が多い | 1.44(有意) | 0.92(効果なし) |
| 星評価が高い | 0.89(効果なし) | 1.17(有意) |
| グルメ系オープンデータに登録 | 0.84(効果なし) | 0.86 |
読み取れることは3つです。1つ目は、AIの回答に入るかどうかを決めているのは「その店についてどれだけ書かれた情報があるか」であって、星評価の高さではないという点です。
2つ目は、いったん回答に入った後、どの店が最初に紹介されるかを決める段階では、星評価が意味を持ち始めることです。3つ目は、飲食店の可視化対策としてよく語られる「グルメ系オープンデータへの登録」が、入り口・順位のどちらの段階でも良い効果を示さなかったことです。
この論文は、この検証を目的の1つとして設計されており、結果は素直に「効果なし」でした。
不安定さと、AI同士の食い違い
同じ質問を同じAIに何度も投げても、返ってくる店の顔ぶれはかなり変わります。似ている度合いを0(まったく重ならない)から1(完全に一致)で表す指標で見ると、Geminiが0.45、Perplexityが0.40、ChatGPTが0.29、Claudeが0.22でした。
言い回しを変えた質問ではさらに重なりが下がり、Perplexityでは0.40から0.19まで落ちています。4つのAI同士を比べても、上位20軒の重なりは0.33〜0.54にとどまりました。
この不安定さが、時間の経過による変化なのかを確かめるため、2週間後に同じ質問を再度投げる追跡調査も行われています。結果は、2週間後の重なり具合が、同じ日に繰り返した場合の重なり具合とほぼ同じでした。
つまりこの振れ幅は、時間とともに評判が変わったからではなく、AIが答えを生成するたびに生じる揺らぎだと論文は解釈しています。
失敗の中身は、捏造ではなく「情報の古さ」
店名の言及のうち、登録簿と照合できなかったものを1件ずつ人手で確認したところ、実在しないと判断できた店名は1つ(10件の言及)だけで、全体の0.08%でした。
一方、営業をやめたことが確認できている店を薦めてしまった例は、14軒に対して93件見つかっています。論文は、AIが飲食店をでっち上げることより、閉店した店を紹介し続けることのほうが実務上は深刻な問題だとしています。
論文自身が書いている限界
- 統計モデルが示すのは要因同士の関連であって、因果関係ではありません。自社サイトを持つ店は、そもそも経営体力のある店である可能性も残ります
- 登録簿はグーグルの地図データを基にした一時点のスナップショットです。地図に載らない小さな店は反映しにくく、算出した「見えない割合」はいずれも実際の値より低めに出る「底値」だと論文自身が述べています
- 対象はバリ島の2エリア、質問はすべて英語です。地域や言語を変えたときに同じ結果になるかは、この論文だけでは分かりません
- 店名の自動抽出・自動照合には測定済みの誤差があります(抽出の精度は97.6〜99.1%、照合の精度はおよそ98〜99%)
- AIごとに繰り返し回数が異なります(Claudeは検索回数の予算上の理由で3回)
原文を読んで気づいた点
- この研究は、飲食店向けの口コミ管理・AI可視化ツールを販売する企業(著者の所属企業)が、費用を出して実施しています。論文自身が8章でこの利益相反を明記しており、事前に仮説と分析計画を公開してから調査を始めたこと、自社の商売にとって都合の悪い結果(グルメ系オープンデータの効果なし、星評価の効果なし)もそのまま報告していることを、対策として挙げています。とはいえ、業界団体が自ら行った調査であることに変わりはありません
- 掲載先の記載がなく、査読を経たかどうかは確認できませんでした。arXivのコメント欄には「31ページ、図10点」と書かれているだけで、学会や雑誌の名前は見当たりません
- 日本や日本語への言及は、原文のどこにもありませんでした。バリ島は日本人観光客も多い土地ですが、この調査の対象ではありません
- 興味深い注意点として、論文は自分たちの分析の誤りも公表しています。ある予測要因の効果が、店名の照合方法を直した結果、統計的に意味のある正の効果から効果なしへと変わりました。さらに「営業時間の情報が載っているか」という項目は、実は登録簿への追加方法の違いを反映しているだけだったと判明し、解釈から除外されています。このように調査そのものの作り方が、結果に紛れ込むことがあるという指摘は、他の同種調査にも当てはまる話です
この論文から、言えること・言えないこと
| 言えること(論文の設定で確認された) | 言えないこと(論文では確認されていない) |
|---|---|
| 調査対象の市場では、実績のある店でも7割超が一度もAIに薦められなかった | 日本の飲食店や、他業種でも同じ割合になること |
| AIの回答に入るかどうかは、口コミ量・自社サイト・価格表示と関係があった | これらを整えれば必ず薦められるようになること |
| 星評価は、回答の中の順位には関係したが、入り口には関係しなかった | 星評価を上げても意味がないこと(順位には関係している) |
| グルメ系オープンデータへの登録は、この調査では効果が見られなかった | 他のオープンデータや、他地域でも効果がないこと |
| 捏造よりも、閉店情報の反映漏れのほうが多く見つかった | AIが店名を捏造することが絶対にないこと |
中小企業の視点で、どう受け取るか
ここからは論文の主張とは別の、私の読み取りです。
- 星評価を上げる努力より先に、書かれている情報の量を整えることが優先順位として高そうです。自社サイトの有無、口コミの蓄積、価格表示の3つは、いずれも自社の努力で今日から動かせる項目です
- 「AIに一度も出なかった」からといって、質が低いとは限りません。実績のある店の7割が同じ立場にいます。この論文はサーベイ論文の解説記事で扱った「取得されるかどうか」と「順位づけされるかどうか」を分けて考える発想を、実在する市場のデータで裏づけたものと読めます
- 登録情報を放置すると、閉店後も紹介され続けるリスクがあります。逆に言えば、廃業や移転、営業時間の変更があった際は、自社サイトや地図アプリの情報を早めに直しておく価値がありそうです
- 1回AIに聞いて「出た・出なかった」で一喜一憂しないほうがよさそうです。同じ質問でも、聞くたびに顔ぶれが変わります。判断するなら、複数回・複数のAIで確かめる必要があります
よくある質問
バリ島の飲食店を対象にした全数調査という手法は、日本の商圏にもそのまま当てはまりますか
論文自身が、対象は英語圏の2エリアに限られると明記しています。日本語や日本の商圏で同じ結果になるかどうかは、この論文だけでは分かりません。
ただし、母数を確定させたうえで出現率を測るという調査の組み立て方自体は、他の市場にも応用できる方法だと論文は述べています。
AIに薦められる店の星評価は、本当に見られていないのですか
見られていないのは「AIの回答にそもそも入るかどうか」という入り口の段階です。回答に入った店の中で、どれが最初に紹介されるかを決める段階では、星評価は統計的に意味のある効果を持っていました。
星評価が無意味なのではなく、効く場面が違う、というのがこの論文の指摘です。
この論文はAI可視化ツールを売る企業が書いたものですか
はい。資金提供と調査の実施は、飲食店向けの口コミ管理・AI可視化ツールを販売する企業(著者の所属企業)によるものです。
論文はこの点を明記したうえで、事前公開した分析計画に沿って進めたこと、自社の商売に都合の悪い結果もそのまま載せたことを、対策として挙げています。
それでも、利害関係者自身による調査であることは変わらないため、他の独立した研究による追試が望まれます。
まとめ:今日できる1つのこと
自社の情報を、グーグルの地図アプリや自社サイトで今すぐ確認してください。価格の目安が書いてあるか、営業時間が最新か、口コミへの返信が滞っていないか。
この論文が示した「入り口を決める要因」は、どれも特別な技術ではなく、今日中に直せる項目です。
この論文は、LLMO論文の一覧の一本です。ほかの論文の解説も、順次公開しています。
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