申し込みが入った瞬間、「もう少し上のプランも勧めておけばよかった」と思ったことはないでしょうか。逆に、上位プランを勧めた途端にお客様の返信が止まり、そのまま話が消えた経験を持つ経営者も少なくありません。
アップセルとは、お客様が買おうとしている商品やサービスより一段上のもの、または量や期間を増やしたものを提案して、1回の取引あたりの売上を上げる考え方です。
言葉だけ聞くと営業の話に見えますが、中小企業の場合、提案の大半はホームページの料金ページや申込みフォーム、申し込み後に届くメールの中で起きています。
人が口で勧める場面より、画面の並びがお客様の判断を決めている場面のほうが、実はずっと多いのです。
この記事では、アップセルの意味とクロスセルとの違いを確認したあと、「なぜ同じ上位プランが、見せ方しだいで安く感じたり高く感じたりするのか」という人の判断のくせを、行動経済学の研究をもとに説明します。
そのうえで、自社サイトのどこで、どの順番で提案すれば押し売りにならないかを、表と図で整理しました。読み終えたときに、自社の料金ページかサンクスページのどちらかで直す場所が1つ決まっている状態を目指します。
アップセルとは何か
アップセルは、お客様が選ぼうとしている商品の上位版、容量の大きいもの、契約期間の長いものなどを提案し、客単価を上げる取り組みを指します。飲食店で「プラスの料金で大盛りにできます」と声をかけるのも、ソフトウェアの無料版を使っている人に有料版を案内するのも、同じ種類の提案です。
ここで押さえておきたいのは、アップセルが「売り手がもっと儲けるための技術」だけを意味するわけではない点です。お客様の目的に対して、いま選ぼうとしているプランが小さすぎるなら、上のプランを示すことは親切にあたります。
たとえばホームページの保守契約で、月1回の更新作業しか含まれないプランを選んだ会社が、実際には毎週ブログを書き換えたいと考えていたとします。
この場合、上位プランを知らせないまま契約すると、あとで追加費用が重なり、お客様の満足度はかえって下がります。
アップセルの意味を一言でいうと
一言でまとめるなら、「お客様がすでに買うと決めたものを、目的に合った大きさにそろえる提案」です。新しい需要を掘り起こす話とは別物で、すでにある購買意欲の中から、より合う選択肢を差し出します。
この「すでに決めた」という点が、あとで説明する提案のタイミングに深く関わってきます。
客単価が上がると経営の何が変わるか
売上は、お客様の数と1回あたりの購入額と購入回数の掛け算で決まります。お客様の数を増やすには広告費や営業の手間がかかりますが、1回あたりの購入額は、すでに来てくれたお客様への提案の仕方で動かせます。
広告費を増やさずに売上を動かせる数少ない場所が、ここです。
中小企業の場合、新規のお客様を集める予算には上限があります。同じ数のお客様でも、10人に1人が上位プランを選ぶ状態と、10人に3人が選ぶ状態とでは、年間の売上に大きな差が出ます。
仮に上位プランが標準プランの1.5倍の価格だとすると、選ぶ人が1割から3割に増えただけで、売上全体は約1.05倍から約1.15倍へ上がります。
お客様の数は変わっていません。
| 売上の要素 | 動かすためにかかるもの | 自社サイトで手をつける場所 |
|---|---|---|
| お客様の数 | 広告費、検索対策の記事、営業の人手 | 集客ページ、記事、広告の着地ページ |
| 1回あたりの購入額 | 提案の順番と見せ方の工夫 | 料金ページ、申込みフォーム、サンクスページ |
| 購入回数 | 購入後の連絡と関係づくり | フォローメール、会員ページ、お知らせ |
| 解約・離脱の少なさ | 期待と実際のずれを減らす説明 | よくある質問、導入事例、契約前の説明ページ |
この表の2行目がアップセルの領域です。1行目の「お客様の数」に予算を使い切っている会社ほど、2行目が手つかずになっています。
既存のお客様との関係を育てる考え方については、顧客維持の仕組みを解説した記事でも触れています。
アップセルとクロスセルの違い
アップセルとよく並べて語られるのがクロスセルです。どちらも客単価を上げる手法ですが、提案するものの種類が違います。
アップセルは同じ商品の上位版を勧め、クロスセルは別の関連商品を一緒に勧めます。ハンバーガー店でいえば、単品をセットの大きいサイズに変えるのがアップセル、ポテトを追加で勧めるのがクロスセルです。
もう1つ、ダウンセルという言葉もあります。お客様が予算の都合で購入をためらっているときに、一段下のプランを示して取引自体を逃さないようにする提案です。
この3つはお客様の状況に応じて使い分ける道具で、どれか1つを選ぶ必要はありません。
| 手法 | 提案するもの | 向いているお客様の状況 | 中小企業サイトでの例 |
|---|---|---|---|
| アップセル | 同じ商品の上位版、量や期間を増やしたもの | 目的に対していまの選択が小さい | 保守契約の更新回数を増やしたプランを示す |
| クロスセル | 関連する別の商品やサービス | 本体を買ったあとに周辺の困りごとがある | ホームページ制作と一緒に写真撮影を案内する |
| ダウンセル | 一段下の小さなプラン | 予算や不安で購入をためらっている | まず1ページだけ直すお試しプランを示す |
| 何も勧めない | いま選んでいるものだけ | 選択が目的にぴったり合っている | 「このプランで十分です」と伝えて信頼を得る |
表の最後の行はわざと入れました。お客様の目的に対していまの選択がちょうどよいなら、何も勧めないことが最善の提案になります。
ここを飛ばして全員に上位プランを勧めると、提案そのものが「売り込み」として受け取られ、次に本当に必要な提案をしたときにも聞いてもらえなくなります。
どちらから始めるべきか
中小企業がまず手をつけるなら、アップセルのほうが取り組みやすいといえます。クロスセルは関連商品を新しく用意する必要がありますが、アップセルは既存の商品をプランの段階に分けるだけで始められるからです。
すでに料金表に複数のプランがある会社なら、今日からでも見せ方を変えられます。
ダウンセルを用意しておく理由
上位プランを示すと、一定の割合のお客様は「そこまでは要らない」と感じて離れていきます。このとき、下のプランが用意されていれば、取引自体は残ります。
ダウンセルは、アップセルを安心して試すための受け皿です。料金ページに3段階のプランを並べる会社が多いのは、上にも下にも逃げ道を作っておくためでもあります。
同じ上位プランが安くも高くも見える理由
アップセルがうまくいくかどうかは、上位プランの中身より、その価格がお客様の頭の中で何と比べられるかに左右されます。人は価格を単独で評価するのが苦手で、直前に見た数字や隣に並んだ選択肢を物差しにして「高い」「安い」を判断します。
この性質を知らずに料金ページを作ると、同じ価格でも損な見え方をしてしまいます。
最初に見た数字に判断が引っぱられる
このくせを実験で示したのが、心理学者のエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンです。1974年に科学誌サイエンスに載った論文によると、2人は参加者の目の前で0から100の数字が出る回転盤を回し、その数字を見せたあとで、国連加盟国のうちアフリカの国が占める割合を推測させました。
回転盤の数字は問題と何の関係もありません。それでも、10という数字を見た組の推測の中央値は25%、65を見た組は45%でした。
論文には次の一文があります。「出発点が違えば見積もりも違ってきて、その見積もりは最初の値のほうへ引き寄せられる」(筆者訳)。
これはアンカリングと呼ばれる現象で、最初に目に入った数字が、あとの判断の錨(いかり)になることを意味します。料金ページでいえば、お客様が最初に目にした価格が、その後に見るすべてのプランの物差しになります。
並べ方で選ばれるプランが変わる
もう1つの研究も紹介します。1982年、ジョエル・ヒューバーらの研究チームは、消費者研究の学術誌に、選択肢を1つ足すだけで元の2つのうちどちらが選ばれるかが変わるという実験結果を発表しました。
ある上位の選択肢より明らかに見劣りする選択肢をそばに置くと、その上位の選択肢が選ばれやすくなるのです。これはおとり効果と呼ばれています。
さらに1992年には、イタマール・サイモンソンとトベルスキーが公表した研究によれば、人は選択肢の中で極端なものを避けて真ん中を選びやすいという傾向を報告しました。3段階の料金表で真ん中のプランがよく選ばれるのは、この極端回避と呼ばれる性質によるものです。
| 判断のくせ | 何が起きるか | 料金ページで起きていること | 次にすること |
|---|---|---|---|
| アンカリング | 最初に見た数字が物差しになる | 一番安いプランを先に見せ、上位が割高に見えている | 比べる基準になる情報を先に置く |
| 対比効果 | 直前に見たものとの差で評価が決まる | 上位プランの価格だけが強調されている | 上位で増える中身を価格の隣に書く |
| おとり効果 | 見劣りする選択肢があると隣が選ばれやすい | 意味の薄い中間プランが混ざり、迷いを生んでいる | 各プランの役割を1行で言い切る |
| 極端回避 | 両端を避けて真ん中を選ぶ | 選んでほしいプランが端に置かれている | おすすめを真ん中に置く |
| 選択肢の過多 | 選択肢が多いと決められなくなる | 5つ以上のプランが横に並んでいる | 3つまでに絞り、残りは問い合わせで案内する |
対比の原理を中小企業の言葉に直すと
ここまでの研究をまとめると、価格の印象は「何と比べられたか」で決まる、ということになります。
これを対比の原理と呼ぶこともあります。海外の販売の現場では、高額な商品の値段を告げる前に、もっと高いものの話を先にしておく手口が昔から使われてきました。
たとえば外壁工事の営業が、最高級の木材で家を覆ったらいくらかかるかを先に想像してもらい、そのあとで実際の見積もりを出すと、お客様はその金額を安いと感じます。
ただし、中小企業がホームページで同じことをまねるのはおすすめできません。比べる相手が実在しない高額商品だったり、わざと見劣りするものを見せたりする方法は、あとで説明する景品表示法の問題にもつながりますし、お客様が気づいたときの信頼の損失が大きすぎます。
私たちが使ってよい対比は、お客様が実際に抱えている損失や、自分で解決しようとした場合の手間といった、事実にもとづく比較だけです。
たとえば、ホームページの更新を外注するか社内でやるかを迷っている会社なら、社内で更新した場合にかかる担当者の時間を示すことが、正直な比較の基準になります。価格の価値を「手間」で見せる考え方は、価値を高める方法の記事でも詳しく扱っています。
提案のタイミングはお客様が決めた直後
アップセルで一番結果を左右するのは、いつ提案するかです。お客様がまだ「買うかどうか」を迷っている段階で上位プランを見せると、選択肢が増えたぶん迷いも増え、結局どれも選ばれないことがあります。
反対に、「これを買う」と心が決まった直後なら、上位プランは迷いの種になりにくく、「どうせ買うなら目的に合うほうを」と前向きに検討してもらえます。
対面の販売では、スーツを買い終えたお客様に、それに合うシャツやネクタイを勧めるのがこの典型です。高いスーツを買った直後は、シャツの価格が相対的に小さく見えます。
ここでも対比の原理が働いています。ホームページに置きかえると、申込みボタンを押した直後の確認画面やサンクスページ、申し込み当日に届く確認メールが、この「決めた直後」にあたります。
迷っている段階で勧めると逆効果になる
サービス紹介ページの冒頭で、いきなり最上位プランを大きく打ち出しているサイトを時々見かけます。まだ自社に合うかどうかも分かっていない読者にとって、この見せ方は「高い会社」という第一印象だけを残します。
最初に見た数字が物差しになるというアンカリングの性質が、ここでは不利に働いているわけです。
迷っている段階の読者に必要なのは、プランの比較より、自分の悩みがこの会社で解決できるかどうかの判断材料です。導入事例やよくある質問で不安を減らし、「頼んでみよう」と決めてもらってから、料金ページでプランの違いを見せる。
この順番を守るだけで、同じ料金表でも受け取られ方が変わります。
決めた直後の3つの接点
ホームページで「決めた直後」にあたる接点は、主に申込みフォーム、サンクスページ、確認メールの3か所です。フォームの中では、プランの選択欄に一言だけ補足を添える程度にとどめます。
入力の途中で長い説明を読ませると、フォームを離れる原因になるからです。
サンクスページは、申し込みが完了してお客様の緊張がほどけた瞬間に表示されるページで、上位プランや追加の選択肢を落ち着いて案内できる場所です。確認メールは、読み返してもらえる記録として残るので、「必要になったらいつでも切り替えられます」という案内に向いています。
| お客様の段階 | いま起きていること | アップセルの扱い | 置く場所 |
|---|---|---|---|
| 悩みを調べている | 自社に合う会社かどうかを見ている | 勧めない。悩みの解決例を見せる | 記事、サービス紹介ページ |
| 候補を比べている | 料金と中身を他社と見比べている | プランの違いを「増える中身」で説明する | 料金ページ |
| 申し込むと決めた | フォームに入力している | 選択欄に一言の補足だけ添える | 申込みフォーム |
| 申し込みを終えた | 安心して次の案内を待っている | 目的に合う上位プランを落ち着いて案内する | サンクスページ |
| 使い始めた | 実際の使い方と期待の差に気づく | 利用状況に合わせて切り替えを案内する | 確認メール、フォローメール |
押し売りにならないアップセルの5つの手順
ここからは、中小企業が自社サイトでアップセルを組み立てる手順を順番に説明します。流れを先に図で示しておきます。
お客様が決める前に比べる基準を示し、決めた直後に上位の選択肢を示し、最後の判断はお客様に委ねる、という順番です。
手順1 お客様の目的を先に聞く
上位プランを勧める根拠は、お客様の目的にしかありません。問い合わせフォームや申込みフォームに「実現したいこと」を選ぶ欄を1つ設けるだけで、どのプランが合うかを判断する材料が手に入ります。たとえば「月に何回更新したいか」「何人で使うか」といった、プランの差に直結する質問を選択式で置いておきます。
この質問は、お客様自身にとっても自分の目的を整理するきっかけになります。「週に1回は更新したい」と自分で選んだお客様に、月1回のプランでは足りないことを伝えるのは、売り込みには聞こえません。
お客様が自分で出した答えを、そのまま返しているだけだからです。
手順2 比べる基準を先に示す
次に、料金ページで価格を見せる前に、お客様が何と比べて判断すればよいかを示します。ここで示すのは、事実にもとづく比較だけです。
社内で対応した場合にかかる時間、何もしなかった場合に失う機会、プランごとに増える作業の量などが、正直な物差しになります。
たとえば「ホームページの更新を社内で行う場合、担当者が1回あたり約2時間を使っています」と、自社のお客様から聞き取った実態を書いておくと、月4回更新のプランは「担当者の約8時間を空けるもの」として比べてもらえます。価格だけを並べた料金表より、判断の手がかりがずっと多くなります。
手順3 まず標準プランで決めてもらう
料金ページでは、お客様の半数以上に合うと見込める標準プランを真ん中に置き、「迷ったらこちら」と一言添えます。この段階では、上位プランを強く押しません。
まずは「この会社に頼む」と決めてもらうことを優先します。決断の前に選択肢を増やすと、迷いが増えて申し込みそのものが減るからです。
手順4 決めた直後に上位の選択肢を示す
申し込みが完了したサンクスページで、手順1で聞いた目的に合わせて上位プランを案内します。ここで大事なのは、上位プランで何が増えるのかを、お客様の目的の言葉で説明することです。
「更新回数が月4回に増えます」より、「週1回の更新をご希望でしたら、こちらのプランで追加費用なく対応できます」のほうが、お客様にとって判断しやすくなります。
手順5 最後の判断はお客様に委ねる
案内の最後には、「いまのプランのままでも問題ありません。必要になったらいつでも切り替えられます」と書き添えます。
断る自由をはっきり示すことで、提案は押しつけから選択肢の提示に変わります。フランスの社会心理学者ニコラ・ゲガンとアレクサンドル・パスカルが2000年に報告した実験では、街頭で小銭を頼むときに「でも、あなたの自由です」と一言添えるだけで、頼みに応じる人の割合が上がりました。
選ぶ自由を感じた人のほうが、かえって前向きに応じるということです。
| 手順 | やること | よくある失敗 | 確認の目安 |
|---|---|---|---|
| 1 目的を聞く | フォームに目的を選ぶ欄を1つ置く | 自由記述にして誰も書かない | 選択式で3〜5択になっている |
| 2 物差しを示す | 社内対応の手間など事実の比較を先に書く | 架空の高額商品と比べる | 比較の根拠を説明できる |
| 3 決めてもらう | 標準プランを真ん中に置く | 最上位を最初に大きく見せる | 「迷ったらこちら」が1つだけある |
| 4 上位を示す | サンクスページで目的に合う上位を案内する | 全員に同じ最上位を勧める | 目的ごとに案内文が分かれている |
| 5 委ねる | いまのままでよいと明記する | 期限や残り枠であおる | 断っても不利にならないと読める |
対比を使うときに守る線
対比の原理はよく効くぶん、使い方を間違えると法律と信頼の両方を傷つけます。特に注意したいのが、実際には存在しない高い価格を並べて、自社の価格を安く見せる表示です。
これは景品表示法で禁じられている有利誤認表示にあたるおそれがあります。
景品表示法が示す二重価格表示の考え方
消費者庁が公表した価格表示のガイドラインによると、自社の販売価格に、それより高い別の価格を並べて表示することを二重価格表示と呼んでいます。ガイドラインは二重価格表示そのものを禁じてはおらず、「その内容が適正な場合には、一般消費者の適正な商品選択と事業者間の価格競争の促進に資する面がある」としています。
一方で、同じガイドラインには次の一文もあります。「比較対照価格に用いる価格が虚偽のものである場合には、一般消費者に販売価格が安いとの誤認を与え、不当表示に該当するおそれがある」。
つまり、比べる相手の価格が本当かどうかが問われます。過去の販売価格を「通常価格」として示す場合は、原則としてセール開始前の8週間のうち過半の期間、その価格で実際に販売していた実績が必要とされています。
| 対比の使い方 | 判断 | 理由 | 代わりにやること |
|---|---|---|---|
| 販売実績のない「通常価格」を横に並べる | 使わない | 比較対照価格が虚偽になるおそれがある | プランごとに増える中身を並べる |
| わざと見劣りするプランを置く | 使わない | お客様が気づいたときに信頼を失う | 各プランが合う会社を1行で書く |
| 社内で対応した場合の手間と比べる | 使ってよい | お客様の実態にもとづく比較になる | 聞き取った実例を根拠として添える |
| 上位プランで増える作業量を示す | 使ってよい | 事実の差をそのまま見せている | 増える量を数字で書く |
| 期限や残り枠で決断を急がせる | 慎重に | 事実でない場合は不当表示になりうる | 本当に期限がある場合だけ書く |
信頼を失うアップセルの共通点
信頼を失うアップセルには共通点があります。お客様の目的を聞かずに全員へ同じ上位プランを勧めていること、断る選択肢が見えにくいこと、そして上位プランの価格だけを強調して中身の差が説明されていないことです。
どれも、売り手の都合で提案を組み立てたときに起こります。
反対に、うまくいっている会社のサンクスページを見ると、上位プランの案内の前に「このプランが合うのはこういう会社です」という説明が必ずあります。お客様が自分で当てはまるかどうかを判断できるので、案内を読んでも嫌な気持ちになりません。
料金ページでアップセルを準備する
上位プランを勧める土台は料金ページにあります。サンクスページで上位プランを案内しても、料金ページでプランの違いが分かりにくければ、お客様は「何が違うのか」を理解できないまま案内を読み流してしまいます。
決める前の段階で、プランごとの違いを1回きちんと伝えておくことが、決めた後の案内を生かす前提になります。
プランは3つまでに絞る
プランが5つも6つも並ぶと、お客様は比べるだけで疲れてしまいます。選択肢が多いほど決められなくなる傾向は、コロンビア大学のシーナ・アイエンガーらが2000年に発表したジャムの試食実験でもよく知られています。
24種類を並べた売り場より、6種類に絞った売り場のほうが、実際に購入した人の割合が高かったという結果です。中小企業の料金ページなら、標準プランを中心に上下1つずつの3段階が扱いやすい形です。
3つに収まらない特殊な要望は、「個別のご相談」として問い合わせに回します。ここで大切なのは、個別相談を「3つのどれにも当てはまらない方のため」の窓口として説明することです。
「価格が書けないから問い合わせてください」と読める書き方は避けます。価格を隠していると受け取られると、料金ページ全体の信頼が落ちます。
価格の隣に「増える中身」を書く
上位プランの価格だけを大きく書くと、お客様の目には価格の差しか映りません。上位プランの欄には、標準プランから何が増えるのかを、お客様の言葉で書き添えます。
「更新回数が月4回に増える」「相談の窓口が電話にも広がる」のように、増える中身が具体的であるほど、価格の差を中身の差として受け止めてもらえます。
選んでほしいプランを真ん中に置く
先に紹介した極端回避の性質から、3段階の料金表では真ん中が選ばれやすくなります。自社のお客様のうち最も割合の大きい層に合うプランを真ん中に置き、上位プランは「さらに更新頻度を上げたい会社向け」と役割を明確にしておきます。
上位プランが選ばれなくても問題はありません。上位があることで、真ん中のプランが「ちょうどよい」ものとして見えるようになります。
サンクスページでアップセルを案内する
サンクスページは、中小企業サイトで最も使われていない場所の1つです。「お申し込みありがとうございました」の一文だけで終わっているページも珍しくありません。
しかし、申し込みを終えた直後のお客様は、その会社への関心が最も高まっている状態にあります。この瞬間に何も案内しないのは、店のレジで「ありがとうございました」とだけ言って、袋に入れる前の商品に合うものを何も紹介しないのと同じです。
サンクスページに書く順番
サンクスページには、まずお礼と、この後に何が起きるかを書きます。「2営業日以内に担当者からご連絡します」のように、次の連絡がいつ来るのかを具体的に示すと、お客様は安心します。
安心してもらえた後で、目的に合わせた上位プランの案内を置きます。案内は1つに絞り、「このような会社には、こちらも合います」という書き方にとどめます。
目的ごとに案内を出し分ける
手順1でフォームに目的を選ぶ欄を設けていれば、選んだ目的ごとにサンクスページの案内を変えることもできます。フォームの仕組みによっては、選択肢に応じて表示するページを切り替えられます。
切り替えが難しい場合は、確認メールの本文を目的ごとに分けるだけでも効果があります。全員に同じ最上位プランを勧めるより、目的に合わせた1つの案内のほうが、ずっと自然に読んでもらえます。
| サンクスページの状態 | いま起きていること | 次にすること |
|---|---|---|
| お礼の一文だけ | 関心が最も高い瞬間を使っていない | 次の連絡の時期と、目的に合う案内を1つ足す |
| 複数の商品を並べている | 申し込み直後に迷いを増やしている | 案内を1つに絞る |
| 最上位プランを全員に勧めている | 目的と合わない人に押し売りに見えている | フォームで聞いた目的ごとに案内を分ける |
| 期限つきの割引であおっている | 申し込んだばかりのお客様が不安になる | いつでも切り替えられると書く |
| 次の連絡時期と案内が1つある | 安心と提案が両立している | 案内のクリック数を月に1回確認する |
業種別に見るアップセルの形
上位の選択肢の作り方は業種によって変わります。上位版の商品がある業種もあれば、量や期間で段階を作るほうが自然な業種もあります。
自社の商品がどの形に近いかを見て、無理のない段階を作ってください。
| 業種 | 上位の選択肢の作り方 | お客様の目的の例 | 案内する場所 |
|---|---|---|---|
| 士業・コンサルティング | 相談回数や対応範囲を広げた顧問契約 | 単発の相談から継続的な見守りに移りたい | 初回相談後の確認メール |
| リフォーム・工務店 | 耐久性の高い素材や長い保証への切り替え | 次の工事までの期間を延ばしたい | 見積もり依頼後のサンクスページ |
| 美容・健康サービス | 回数券や定期コース | 効果を続けて実感したい | 予約完了ページ |
| ホームページ制作・保守 | 更新回数や解析報告を増やしたプラン | 自社で手を動かす時間を減らしたい | 契約前の料金ページと契約後のメール |
| ソフトウェア・会員制サービス | 利用人数や機能を増やした上位版 | チームで使う人が増えた | 利用状況に合わせたお知らせ |
単発の商品しかない会社の場合
商品が1つしかない会社でも、上位の選択肢は作れます。同じ商品に保証の延長や設置の代行、使い方の講習を組み合わせた「安心プラン」を用意すれば、それが上位の選択肢になります。
大切なのは、上位プランで増えるものが、お客様の不安や手間を実際に減らすものであることです。飾りのために足したおまけでは、お客様は価格の差を納得してくれません。
BtoB企業のアップセルで気をつけること
BtoB企業の場合、申し込みの判断をした担当者と、予算を決める決裁者が別の人であることがよくあります。担当者が上位プランに納得しても、社内で説明できる材料がなければ話は進みません。
上位プランの案内には、担当者が上司にそのまま転送できる形で、増える中身と得られる効果を短くまとめておくと親切です。
また、BtoBでは契約後の利用状況を見てから上位プランを案内するほうが、成約につながりやすい傾向があります。使い始めて数か月たち、利用人数や作業量が当初の想定を超えてきたタイミングで、「現在のご利用状況なら、こちらのプランのほうが合っています」と案内すれば、根拠のある提案として受け取ってもらえます。
契約更新の前に上位プランを案内する
年単位の契約であれば、更新の1〜2か月前が上位プランを案内する自然なタイミングです。この1年でどれだけ使ったかを振り返る報告と一緒に、次の1年に合うプランを提案します。
報告の中身が具体的であるほど、提案は相談として受け取られます。
アップセルの効果を測る
この取り組みは、測らなければ改善できません。見るべき数字はそれほど多くありません。
申し込みのうち上位プランが選ばれた割合、サンクスページや確認メールの案内がクリックされた割合、そして上位プランに切り替えたお客様の解約の少なさの3つです。
特に3つ目は見落とされがちです。上位プランを選んだお客様が数か月後に解約していくなら、提案がお客様の目的に合っていなかった可能性があります。
上位プランを選んだ割合だけを追いかけると、無理な提案が増えて長い目で見た売上を減らしてしまいます。
| 見る数字 | 分かること | 数字が悪いときに見直す場所 |
|---|---|---|
| 上位プランが選ばれた割合 | 料金ページの違いが伝わっているか | 価格の隣の「増える中身」の書き方 |
| サンクスページの案内のクリック率 | 決めた直後の案内が目的に合っているか | 目的ごとの出し分けと案内文 |
| 確認メールからの切り替え件数 | 後から読み返したときに響いているか | メールの件名と、切り替えの手軽さ |
| 上位プランの解約の少なさ | 提案が本当に目的に合っていたか | フォームで聞く目的の質問 |
| 申し込み全体の件数 | 提案が申し込みを妨げていないか | 決める前の段階で上位を押しすぎていないか |
申し込み件数が減ったら順番を疑う
アップセルを始めてから申し込み全体の件数が減った場合は、上位プランを見せる時期が早すぎる可能性があります。決める前の段階で選択肢を増やしすぎると、迷いが増えて申し込みそのものが減ります。
この場合は、上位プランの案内をサンクスページや確認メールへ移し、料金ページでは違いの説明だけにとどめてください。
よくある質問
Q. アップセルは押し売りと何が違いますか
A. 違いは、提案の根拠がお客様の目的にあるかどうかです。お客様の目的を聞かず、売り手の都合で上位プランを勧めれば押し売りになります。
目的を聞いたうえで、いまの選択では足りない部分を補うプランを示し、断る自由も明記していれば、それは相談にあたります。
Q. 小さな会社でもアップセルは必要ですか
A. 小さな会社ほど効果が大きくなります。新規のお客様を集める予算に限りがある分、来てくれたお客様1人あたりの取引を適切な大きさにすることが、売上を安定させる近道になるからです。
プランを3段階に分けるところから始めれば、大きな準備は要りません。
Q. 上位プランの価格はどう決めればよいですか
A. 価格は、上位プランで増える中身と、お客様がそれによって省ける手間や得られる成果から考えます。標準プランとの差額が、増える中身に見合っているとお客様が納得できるかどうかが基準です。
価格だけを先に決めて中身を後から足すと、差額の説明がつかなくなります。
Q. 「通常価格」との比較表示をしてもよいですか
A. 実際にその価格で販売していた実績があれば表示できますが、根拠のない価格を並べると景品表示法の不当表示にあたるおそれがあります。
消費者庁の価格表示ガイドラインでは、過去の販売価格を比べる相手にする場合、原則としてセール開始前8週間のうち過半の期間の販売実績が求められています。
迷う場合は、価格の比較をやめて中身の比較に切り替えるほうが安全です。
Q. アップセルとクロスセルはどちらを先にやるべきですか
A. 既存の商品をプランに分けるだけで始められるアップセルが先です。クロスセルは関連商品を新しく用意する必要があるため、アップセルで「決めた直後に案内する」流れができてから加えると、同じ場所をそのまま使えます。
まとめ
アップセルは、お客様がすでに買うと決めたものを、目的に合った大きさにそろえる提案です。人は価格を単独で判断するのが苦手で、最初に見た数字や隣に並んだ選択肢と比べて高い安いを決めます。
この性質は1974年のトベルスキーとカーネマンの実験以来、何度も確かめられてきました。
中小企業がこの性質を使うときの要点は2つです。比べる相手は事実にもとづくものだけにすること、そして上位プランはお客様が決めた直後に示すことです。
料金ページでは違いを伝えて標準プランで決めてもらい、サンクスページや確認メールで目的に合う上位の選択肢を1つだけ案内する。
この順番を守れば、押し売りにならずに客単価を上げられます。
今日できるアップセルの点検
最後に、自社サイトで今日確かめられる項目を表にまとめました。当てはまる行が見つかったら、その行の「次にすること」を1つだけ実行してください。
全部を一度に直す必要はありません。
| 点検する場所 | 当てはまる状態 | 次にすること |
|---|---|---|
| 料金ページ | プランが4つ以上並んでいる | 3つに絞り、残りは個別相談へ回す |
| 料金ページ | 上位プランに価格しか書いていない | 標準プランから増える中身を1行書き足す |
| 申込みフォーム | お客様の目的を聞く欄がない | 目的を選ぶ選択式の欄を1つ加える |
| サンクスページ | お礼の一文だけで終わっている | 次の連絡時期と、目的に合う案内を1つ足す |
| 確認メール | 定型文だけで切り替えの案内がない | 「いつでも切り替えられます」と上位プランを1行添える |
| 価格の表示 | 販売実績のない「通常価格」が並んでいる | 比較をやめて中身の違いで説明する |
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